pupUSVs に対する雌の反応
pupUSVsの特徴で説明したように、pupUSVsは、仔マウスの不快情動を反映した distress call です。 しかし、これは「仔が母を(明示的に)呼んでいる」ということが証明されているということではありませんし、そのような指示的な意味が含まれている必要性は機能的・進化的にもありません。
コミュニケーションシグナルの進化を考えるにあたっては、まずは、その信号が相手の行動を変化させるかどうかが重要で、このあたりのことは、以下が詳しいです。
※ 自分でも原著レベルからこのあたりの理論についてまとめられれば良いのですが、現段階ではこの論考を丸パクする他ない程度にしかまとめられません。そして、この論考、めっちゃ好き... 学問とそれを言葉で示すことの意義、重厚感を感じられて、めっちゃ好き。
その点に関しても、pupUSVsの特徴で最初に引用したEhretの総説は、非常に慎重で、この総説を最初に参考にするのが良いと思える理由です。 この論文でEhretは "Once the pup has been found, its retrieval does not depend on the presence of USVs any more." としており、これはその通りだと思います。母性行動テストとしてレトリービングを測ったことがある人なら知っていると思いますが、母個体が仔を回収するのは、めちゃ早いです。母は、仔さえ見つければ、回収します。この時間は、実験ケージの中では数秒です。
さらにEhretは、"USVs of pups would not transfer any specific meaning—in the sense that a lost pup is calling for help—to the mother, but would just provide a cue for guiding movements induced by arousal in the direction to a sound source" とも言っています。結果的に、母個体の arousal が高められさえすれば、それで十分だと言えます。
arausalに関するこの仮説(arousal model)は、Bellという方が唱えたようです。1970年代にNoirotとSalesが想定したUSVsの各種機能について "appear to be overstated" などと言っており、味わい深いです。Overstateしなくても説明できるのが arousal model だということですね。2005年になってもなおEhretはこのモデルの過不足無い有用性を支持しているようですし、基本的に、僕もこのモデルで攻められるとこまで攻めた上で、それ以上の機能を想定しながら検証するのが良いと思っています。
【再生実験】
ここからは、再生実験を中心とした、母もしくは雌個体のpupUSVsへの反応について紹介します。
Uematsu, A., Kikusui, T., Kihara, T., Harada, T., Kato, M., Nakano, K., Murakami, O., Koshida, N., Takeuchi, Y., & Mori, Y. (2007). Maternal approaches to pup ultrasonic vocalizations produced by a nanocrystalline silicon thermo-acoustic emitter. Brain research, 1163, 91–99. https://doi.org/10.1016/j.brainres.2007.05.056 僕は、これこそが素晴らしい論文だと思うのですが、pupUSVsとその改変音声の再生実験を行っています。音源がデジタル故、デジタル上で改変して色々試すことができる点に感動したし可能性を感じました(ま、そんな甘くないけどな)。
母個体(ICR)は、オリジナル音源を流すスピーカーと、無音のスピーカーでは、音源側に選好性を示します。しかし、音源に対し、全音源区間を2倍に引き伸ばす / 音節(音声シグナル部分)のみ2倍に引き伸ばす / 音節と音節の間の無音区間(inter syllable interval)のみ2倍に引き伸ばす といった改変をすると、選好性を示さなくなります。一連のpupUSVsを構成する音節自体だけではなく全体的な構造に、母の注意を促す「赤ちゃん性」みたいなものがあるということでしょう。
ちなみに、この論文で使われている NcSiエミッターという超音波スピーカーは、超音波を精度良く生成する上ではめちゃ性能がよくて、しかし、世界に数台しかありません。東京農工大の越田信義先生らが開発したナノシリコンを発音体として用いており、菊水先生らが動物実験用のスピーカーとして展開しています。この開発には、僕の実験機材を作ってくれている超音波おじさんも参画しています。
Okabe, S., Nagasawa, M., Kihara, T., Kato, M., Harada, T., Koshida, N., Mogi, K., & Kikusui, T. (2010). The effects of social experience and gonadal hormones on retrieving behavior of mice and their responses to pup ultrasonic vocalizations. Zoological science, 27(10), 790–795. https://doi.org/10.2108/zsj.27.790 僕の盟友である、おかべさんの初期の研究です(いまはRatのUSVsをやってます)。
ICRを用いて、通常個体・性線除去個体・性経験個体・父/母個体 のpupUSVs再生音への探索行動を測っています。また、レトリービングテストで養育行動も観察しています。
♀:雌に関しては、卵巣除去・性経験・母の反応性が高い感じです。母自体よりも性経験があるだけの個体の方が探索時間が長いというのが、解釈は難しい。
♂:雄でも、精巣除去・性経験・父 で反応性が高いです。雄の場合、精巣除去は養育行動発現をめちゃ促します。
Okabe, S., Kitano, K., Nagasawa, M., Mogi, K., & Kikusui, T. (2013). Testosterone inhibits facilitating effects of parenting experience on parental behavior and the oxytocin neural system in mice. Physiology & behavior, 118, 159–164. https://doi.org/10.1016/j.physbeh.2013.05.017 性線除去を養育行動の関係は、その後、B6でもおかべさんが確かめていて、明瞭な結果が出ています。とにかく、テストステロンは養育を下げます。
さらに、テストステロンがオキシトシン神経(抗オキシトシン抗体陽性細胞数)を下げることも示しており、性ホルモン処置による養育行動の変化とパラレルな結果です。
その後、おかべさんは、博士の学位研究として、仔への感作(慣れ)と養育行動発現の関係をまとめてます。Okabe, S., Tsuneoka, Y., Takahashi, A., Ooyama, R., Watarai, A., Maeda, S., Honda, Y., Nagasawa, M., Mogi, K., Nishimori, K., Kuroda, M., Koide, T., & Kikusui, T. (2017). Pup exposure facilitates retrieving behavior via the oxytocin neural system in female mice. Psychoneuroendocrinology, 79, 20–30. https://doi.org/10.1016/j.psyneuen.2017.01.036 この若さで引用50回くらいの論文がいっぱいあり、マジでえらいと思う。
Okabe, S., Nagasawa, M., Kihara, T., Kato, M., Harada, T., Koshida, N., Mogi, K., & Kikusui, T. (2013). Pup odor and ultrasonic vocalizations synergistically stimulate maternal attention in mice. Behavioral neuroscience, 127(3), 432–438. https://doi.org/10.1037/a0032395 また、おかべさんの論文なんですが、B6に対して、USVsへの反応性を調べています。B6は、ICRと違って、pupの匂い刺激がないと音源への反応をあんまり見せてくれないようです。
麻酔で眠らせて発声をしないpupと鳴いてるpup、再生音有りと無し(匂い提示有り)などを試した結果、B6でもpupUSVsへの接近が確認されます。それら条件で、c-fosを用いて活性化した脳部位も調べてます。聴覚野・嗅球・BLA・CeA・BNST・mPOAを調べてるんですが、どれもこういうことに関係しそうな場所だからか、だいたい活性化してますね。
Takahashi, T*., Okabe, S*., Broin, P. Ó., Nishi, A., Ye, K., Beckert, M. V., Izumi, T., Machida, A., Kang, G., Abe, S., Pena, J. L., Golden, A., Kikusui, T., & Hiroi, N. (2016). Structure and function of neonatal social communication in a genetic mouse model of autism. Molecular psychiatry, 21(9), 1208–1214. https://doi.org/10.1038/mp.2015.190 この論文も、おかべさんが2ndでcontributed equallyしてるんですが、Tbx1という自閉症関連遺伝子のヘテロノックアウトマウスの音声を再生していますTbx1ヘテロKOの音声は、以下の論文で先に調べられています。
Hiramoto, T., Kang, G., Suzuki, G., Satoh, Y., Kucherlapati, R., Watanabe, Y., & Hiroi, N. (2011). Tbx1: identification of a 22q11.2 gene as a risk factor for autism spectrum disorder in a mouse model. Human molecular genetics, 20(24), 4775–4785. https://doi.org/10.1093/hmg/ddr404 この論文では、分類された音節の配列を調べ、野生型(B6)と比べTbx1ヘテロでは配列が変わっていること(そもそも発現される音節の量比も変わっているので当然と言えば当然だが)を示しました。その情報を基に、野生型の音声の配列をランダム化した音源(構成要素自体は同じで、通常の野生型では見られない配列にしたもの)も作成し、野生型・ヘテロKO・ランダム化音源への母マウスの反応性を再生実験で調べました。結果、野生型の音源意外では反応性が落ちました。
Uematsu et al., 2007と合わせ考えると、やはり、一連のpupUSVsを構成する音節自体だけではなく全体的な構造に、母の注意を促す「赤ちゃん性」みたいなものがあるということでしょう。